中津居館跡
中津居館跡(なかづきょかんあと)は14世紀頃に岩国地域を治めた有力者が築いたとみられる居館の跡です。 居館とは、有力者が住んだ屋敷のことで、居館の内部には、住居以外に政治を行う施設や客人を迎える施設な … 続きを読む
中津居館跡(なかづきょかんあと)は14世紀頃に岩国地域を治めた有力者が築いたとみられる居館の跡です。 居館とは、有力者が住んだ屋敷のことで、居館の内部には、住居以外に政治を行う施設や客人を迎える施設な … 続きを読む
岩国学校は、明治3(1870)年に岩国2代藩主吉川経健(きっかわつねたけ)が藩の青少年を教育するため学制の大改革を行い、旧兵学校と文学校を公中学・公小学に組織を改めて現在地近くに新築したもので、翌明治 … 続きを読む
「錦雲閣」 (きんうんかく) は、明治18(1885)年に旧岩国藩主吉川家の居館跡が公園として開放された際、吉川家歴代を祀る吉香神社内の絵馬堂として建てられてものです。 旧藩時代の矢倉に似せて造られて … 続きを読む
岩国藩五家老の一つ、香川家の長屋門。元禄6(1693)年に香川正恒(かがわまさつね)が建立しました。当時の武家屋敷の構えをよく残しており、山口県の文化財に指定されています。 香川家には、この長屋門のほ … 続きを読む
岩国の夏の風物詩「錦帯橋のう飼」は、日本三名橋の一つ「錦帯橋」を背景に清流錦川で行われます。 その起源は古く、いまから約380年前といわれています。 長い歴史の中で一時中断していましたが、昭和27(1 … 続きを読む
岩国城と錦帯橋 錦帯橋はなぜできたのか。 錦帯橋はどのような歴史をたどってきたのか。 世界にも稀な木造アーチ橋の真の素晴らしさは、その美観や精巧さだけではなく、建築の由来、300年前から代々続く技術の … 続きを読む