吉川広家(きっかわひろいえ) 没後400年

令和7(2025)年は、岩国初代藩主 吉川広家公 没後400年の節目の年です。

広家は、慶長5(1600)年関ケ原の戦いの際に、毛利家を存続させるために徳川方と交渉したことで知られています。
西軍として参加した毛利輝元が負けたため、周防3万石(のち6万石)に移されます。
岩国に着いた広家は由宇に上陸し、1602年、岩国を本拠と決めました。
その後吉川家は、明治維新までの260年間、この地で文化の香りの高い政治を行いました。

そんな広家公に関係するものを、こちらにまとめています。

全て錦帯橋周辺ですので、ぜひ巡ってみてください。

錦帯橋周辺マップ【城下町岩国の史跡を訪ねて】

 

吉川広家公 銅像

令和5(2023)年に、吉香公園内に建立されました。

 

吉川史料館 記念展示

没後400年を記念して、広家公の生涯についての展示が、3回にわけて開催されています。

 

岩国城

岩国城は、吉川広家公によって慶長13(1608)年に作られた山城です。

 

吉川家墓所

岩国吉川家 初代広家から、6代経永(つねなが)を除く12代経幹(つねまさ)までの当主及び一族の墓が、51基立ち並んでいます。

 

岩国徴古館

  【吉川広家 付箋】署名と花押をあしらった、2色付箋を販売しています。

 

岩国徴古館【吉川広家・経家の生きた時代】

令和7年10月5日(日)~12月14日(日)には、没後400年にあわせ、同時代の関連資料を紹介します。

鳥取市との姉妹都市提携30周年も記念した展示との同時開催です。