東林寺(とうりんじ)

tourinji元治元(1864)年春、吉川経幹(きっかわつねまさ)は国境の魚切(現岩国市美和町)を訪れ、飢饉の惨状を目撃します。
経幹はその復興のため撫育役場を東林寺に設置し、国固めのため坂上組を編成させました。
撫育方になった玉乃世履は維新後、初代大審院長となり「今大岡」と称されました。

【所在地】〒740-1225 山口県岩国市美和町渋前510



関連スポット・トピックス Spot of relation

  • 群児招魂碑(ぐんじしょうこんひ)群児招魂碑(ぐんじしょうこんひ) 【所在地】〒741-0062 山口県岩国市岩国5丁目2
  • 城山(しろやま)城山(しろやま) 第二次長州出兵の際、万一岩国の城下で戦闘になった時に備え、 城山山頂には陣屋が築かれました。 万一の場合、城を枕に決死の覚悟で抗戦し、萩本藩の援軍を待つ作戦だったとされています。 【所在地】〒740-00 […]
  • 昌明館(しょうめいかん)昌明館(しょうめいかん) 寛政5(1793)年6月に岩国7代領主吉川経倫(きっかわつねとも)の隠居所として建造。 廃藩置県の際、岩国県庁が置かれ、岩国の政治の拠点となりました。 現在は、18世紀末頃の建築様式を留めた長屋二棟門一棟が残され、 […]
  • 福城寺(ふくじょうじ)福城寺(ふくじょうじ) 第二次長州出兵の際、藩主夫人や古文書類の避難場所となりました。 吉川経幹は征長軍を岩国城下で迎え撃つ覚悟であったと言われ、夫人や古文書類を南河内にある福城寺に避難させていることからも経幹の覚悟がうかがえます。 […]
  • 普済寺(ふさいじ)普済寺(ふさいじ) 陸軍元帥長谷川好道(はせがわよしみち)の父で、幕末には一隊を組織し維新の勲功者として顕彰された長谷川藤次郎(はせがわとうじろう)の墓があります。 また、「岩国名物、錦帯橋と宇野金太郎」と称された剣豪の墓など、幕末の岩 […]
  • 妙覚院(みょうかくいん)妙覚院(みょうかくいん) 南部五竹(なんぶごちく)が斬首された場所。 五竹は東沢瀉(ひがしたくしゃ)、栗栖天山(くりすてんざん)と並び三士と称されます。 沢瀉、天山が柱島に流罪になった時、沢瀉の救出と奇兵隊への呼応を諮るが未然に捕らえられ、 […]